厳しさの中にある、本当の愛情
こんにちは!
今日は、私がイタリアの日本人学校で空手を教えていた頃のお話です。
ある日、学校に到着すると、玄関で3人の小学1年生の男の子たちが先生に叱られていました。
その中には、私の道場に通うK君の姿もありました。
私は先生の指導を邪魔しないよう、そのまま道場へ向かいました。
そして稽古が始まり、全員で礼をした後、私はみんなにこう伝えました。
「空手を学ぶだけではなく、周りの人の模範になれる人になってほしい。」
そしてK君にも、
「君は今、どんな模範になれるかな?」
と問いかけました。
K君は自分の行動を振り返り、
「今回のことを反省して、これからは真面目に頑張ります!」
と答えてくれました。
私は、空手を教えることは、技術だけを教えることではないと思っています。
時には、厳しく指導することもあります。
でも、それは「怒る」のではなく、「叱る」こと。
その違いには、大きな意味があります。
以前、ミット蹴りの稽古中に、どうしても集中できない子がいました。
そこで、
「集中しないなら、白帯に戻すぞ!」
と伝えました。
ほとんどの子は、その言葉を受け止め、真剣に稽古に取り組みました。
しかし、一人の紺帯の少年は、その後もふざけていました。
私はその子を呼び、紺帯を外して白帯に戻しました。
白帯を締めた彼は、ずっと泣いていました。
それでも、泣きながら最後まで真剣に稽古を続けました。
稽古が終わり、私はもう一度彼を呼びました。
そして白帯を外し、紺帯を締め直しました。
すると、さっきまで泣いていた彼が、満面の笑顔になりました。
なぜ自分が白帯に戻されたのか。
自分の何がいけなかったのか。
そして、このままではいけないということ。
彼自身がちゃんと理解し、自分の行動を変えたのです。
その姿を見て、私は思いました。
「これなら、もう大丈夫だ。」
空手の稽古では、楽しいことばかりではありません。
時には厳しいこともあります。
でも、厳しさの先にあるのは、子どもたちの「成長」です。
昔ながらの指導に見えるかもしれません。
それでも私は、そこには「愛情」と「信頼」があると考えています。

ただ強いだけではない。
ただ上手いだけでもない。
自分を律することができる人。
周りの人の模範になれる人。
やる時は真剣にやり、楽しむ時は思い切り楽しむ。
そんな「オンとオフのメリハリ」を、空手を通して身につけてほしいと思っています。
「空手は、ただの武道ではない。
心を鍛える道です。」
新学期のスタートに、新しいことへ挑戦してみませんか?
心と身体を鍛えながら、自分の可能性を広げてみましょう。
私たちの道場では、楽しく、そして必要な時にはしっかりと向き合う指導を大切にしています。
空手に興味のある方、子どもに何か新しいことを始めさせたいとお考えの方。
ぜひ一度、道場へ体験に来てください。
皆さんと一緒に稽古できる日を、心より楽しみにしています。

