私たちは、少し便利になりすぎたのかもしれない。
街を歩けば、24時間明るく輝くコンビニ。
至るところに設置された自動販売機。
夜になっても、まるで昼間のように光り続ける街並み。
少しの距離でも車に乗り、暇になればスマートフォンを開き、何でも簡単に手に入れようとする。
確かに、今の社会は便利だ。
しかし、ふと思う。
私たちは、便利さを手に入れる代わりに、何か大切なものを失ってはいないだろうか。
少し歩けば、身体を使う。
自分の手で何かをすれば、時間はかかる。
情報から離れれば、自分自身と向き合う時間が生まれる。
効率だけを考えれば、無駄に見えることもあるだろう。
しかし、その一見無駄に思える時間の中にこそ、人間らしい豊かさがあるのではないだろうか。
もちろん、便利なものをすべて否定するつもりはない。
ただ、エネルギーや環境の問題を考えたとき、私たちは今の生活を当たり前だと思いすぎているように感じる。
今の便利さを享受する私たちには、これから生まれてくる子どもたちに、どんな地球を残すのかという責任もある。
目先の快適さだけを追い求めるのではなく、少し立ち止まって考えてみる必要があるのではないだろうか。
便利であることと、豊かであることは、本当に同じなのだろうか。
私は、ずっとそんなことを考えている。

今から20年前、40歳のときにラジオ番組に出演し、「今、やりたいことは何ですか?」と尋ねられたことがあった。
そのとき、私はこう答えた。
「インターネットも、テレビも、ラジオもまったくない村の村長になりたい。いつか、そういう村に大きな価値が生まれる時代が来るのではないか」と。
パーソナリティの方が驚いていたことを、今でも覚えている。
情報があふれ、物があふれ、便利さが際限なく追求されていく社会。
だからこそ、情報から離れ、自然に目を向け、自分自身の内面と向き合う時間が、これからますます大切になるのではないかと思っている。
スマートフォンの画面を見続けるのではなく、空を見上げる。
誰かの評価を気にするのではなく、自分自身の心に問いかける。
他人と比較するのではなく、昨日の自分と向き合う。
そんな時間を、もっと大切にしてもいいのではないだろうか。
そして、これは空手の道場にも通じる話だと思っている。
私の道場は、単に空手の技術を身につけ、強くなるためだけの場所ではない。
礼儀を学ぶ。
自分の身体と向き合う。
簡単には答えの出ない問いについて考える。
自分にとって本当に大切なものは何かを見つめ直す。
そうした時間を通じて、人としての生き方を考える場所でありたいと思っている。
強さとは、相手に勝つことだけではない。
便利さに流されず、自分の頭で考えること。
目先の損得だけでなく、周囲や未来にも目を向けること。
そして、自分の人生を自分の足で歩いていくこと。
それもまた、人間としての強さではないだろうか。
「生きるうえで、本当に大切なことは何だろう?」
私は、これからもこの問いを、門下生たちと一緒に考え続けていきたい。
皆さんは、便利さを手に入れた今の社会で、逆に失われつつあるものがあるとしたら、それは何だと思いますか?

